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四方を海に囲まれた日本の
波力発電の可能性を探る。

工学博士の鷲尾幸久さんは、私たち日本自然環境保全協会で顧問をやっていただいているが、彼はつい最近まで国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下JAMSTEC)の監事を務められていて、退任後は監査室アドバイザーとしてJAMSTEC に籍を置いている。今回注目したのは、彼がJAMSTEC で開発初期から波力発電の研究に携わっていた専門家であるということ。波の破壊力を知るサーファーでもある鷲尾さんに日本の波力発電の可能性を語ってもらった。

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昭和53 年度海域域実験当時の『海明』は全長80m、幅が12m。6 億円ほどの予算で開発されていた。125KW の発電機3 台で発電していた。写真提供:JAMSTEC

鷲尾さんが波力発電の研究をはじめたきっかけは、1979 年にJAMSTEC に入社してからだ。その当時、再生可能エネルギーのひとつである波の力で発電する波力発電装置の研究開発において日本は世界をリードする存在だったという。「1970 年代の第1次オイルショックがあり、石油が枯渇するという予測は世界的な社会問題になっていました。私が入社した当時、JAMSTEC における研究部門は、潜水技術部、海洋利用技術部、深海開発技術部、海洋保全技術部の4 研究部門で、職員数も120 人程度でした。それで、私は波力発電を研究開発していた海洋利用技術部に配属されました」

 鷲尾さんが配属された波力発電装置の開発部署の上司に益田善雄(ますだよしお)という波力発電のスペシャリストがいた。益田さんは防衛庁(当時の呼称)の技研にいたときには誘導弾の開発をしていましたが、個人的に波力発電の研究もやっていました。益田さんは、航路標識ブイの電源用波力発電装置(出力100w)を開発していて、その当時、世界で唯一実用化している波力発電装置は彼が開発した航路標識ブイでした」

 その当時、イギリスやノルウェーなど世界でも波力発電の研究が始まっており、いろいろなシステムが開発途上にあったが、JAMSTEC が選んだのは“振動水柱型空気タービン方式” というものだった。「振動水柱型空気タービン方式はOWC(オシレーティング・ウォーター・カラム)といい、直訳すると『振動する水の柱』。振動水柱ですよね。JAMSTEC が開発した浮体式波力発電装置『海明』は世界最初の大型の波力発電装置でした」

 1978 年(昭和53 年)8 月、『海明』による波力発電の第一期の実験がスタートした。「原理はいたって簡単で、底のない箱が海の上に浮かんでいて、波の力で箱の中の水面が上下します。その水面がちょうど注射器のピストンの役目をしてくれて、上に溜まっている空気を上部のノズルから吹きだしたり吸い込んだりするわけです。このためノズルの部分には往復の空気の流れが発生します。その上にタービンと発電機を付けておけば、空気の流れがタービンを回して発電機が回り、電気が起きるという原理です」

 しかし当時、往復の空気の流れの動きの中で一方向に回るタービンがなかったという。そのために弁箱という装置を開発し、空気の流れを常に一方向に制御していた。「その当時のタービンは、水力発電に使われている衝動型タービンです。水力発電というのは水の落差を利用して水をタービンにぶつけて回し、接続する発電機によって発電するんですが、波力発電でも同じタービンを使ったので、空気の流れを一方向から当ててあげないと、同じ方向に回転しないんです」

 『海明』は山形県鶴岡市由良の沖合3km、水深約40m の海域に係留設置して実験を始めた。漁業者や地元の理解が得られた結果だった。「日本海は、冬は強い北西の季節風が吹き時化が長く続きます。1 週間か10日に1回、時化が収まる時がありますが、夏はべた凪の日がほとんどです。だから夏のうちに『海明』を係留設置・計測準備をし、冬の時化た状況で、どのぐらいの波でどのぐらいの発電ができるかを計測しました。第二期は昭和54 年からはじまり、IEA(国際エネルギー機関)の共同実験に採択されて、12 億円の予算がつぎ込まれ、英国、米国などから多くの研究者が参加し、『海明』に搭載する発電装置や計測装置類も持ち込まれました」

 この実験では『海明』で発電した電気を、海底ケーブルを使って陸上送電するという世界で初めての再生可能エネルギーを商用電力に入れ込む系統連携の画期的実験(東北電力との共同研究)も行われた。「商用電力線に6,600 ボルトという大きな電力が流れており、冬の実験期間中、125kW の発電機1 台で発電した電気を陸上送電するというものでしたが、当初想定された大きな問題も起こらず、我が国の電力事業を監督する通産省(現経済産業省)から続けて良いというお墨付きがもらえました。そういう意味では画期的実験でした」

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『海明』に次ぐ波力発電装置2 号艇である『マイティホエール』は長さ50m、幅30m。10m の空気室が横に3 列に並んでいる。船齢を考えて20 年を目安にコスト計算をするという。写真提供:JAMSTEC

 しかし、この実証実験はコスト面で大きな問題が提起された。「我々の目標は、当時の離島の電源用ディーゼル発電機の発電単価であったkW あたり100 円~50 円を目標としましたが、『海明』の発電単価は、kW あたり340 円もかかってしまい、実用化に向けてはコスト面で大きな壁になりました」

 その後も改良された発電装置で実海域実験が実施されたがJAMSTEC の結論は、日本近海の波では波力発電による商用電力と同等の発電単価の発電は難しいというものだった。「波の力は、常に強い風が吹いている緯度の高い地域が多く、発電装置に搭載できる発電機の容量は、日本近海が50kW とすると、ノルウェーや英国など高緯度地帯では500kW と、発電容量が一桁大きい発電機を搭載できます」

 JAMSTEC の波力発電のノウハウの蓄積は、2023 年に実用実験がはじまり、ニュースなどでも話題になった岩手県釡石市の釡石港の北堤防に設置された波力発電装置にも生かされている。「釡石港湾口防波堤の一部に空気室を取り付けて、振動水柱型空気タービン方式により発電しています。私のかつての上司が担当しています。振動水柱型空気タービン方式により発電しています。発電機は20kW ぐらいで、小規模です」

 最後に鷲尾さんは次のように述べる。「将来的に波力エネルギーを生かすには、できたエネルギーを何に使うかということを考えてあげることが大切です。たとえば、雪の降る地域であれば、熱にして漁港に積もった雪を溶かすとか、地面にヒーターを入れたロードヒーティングのための熱源として利用する。また養殖施設の水温を維持するための熱源として使うとか、小規模なローカルエネルギーをどうやって使っていくかというのを考えてあげれば、小規模な波力発電も無駄なく使えます」

取材協力:JAMSTEC、鷲尾幸久

​文:森下茂男

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波力発電の原理。波が『海明』を通過するときに水面が注射器のピストンの役目を果たし、空気が上部のノズルから押し出されてその先に設置したアタービンが回転し、発電機によって発電される。空気室とタービンや発電機を海水から離すことによってメンテ年スが簡単になり、また水や塩害による影響を抑えることができるという。資料提供:JAMSTEC
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世界の波浪エネルギーの分布図、両極に近づくほどエネルギー量が大きくなる。北緯、南緯40~50度は強風帯なので、両極側は波が高くなる。東北の海は1m 幅あたり約9KW に対し北海の海では1m 幅あたり約40~50KW にもなる。資料提供:JAMSTEC
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